つんく♂さんの子育て論 「子どもを尊敬している」その理由とは

つんく♂さん

90年代にロックバンド「シャ乱Q」としていくつものミリオンセラーを記録し、またヴォーカルユニット「モーニング娘。」などのプロデュースも手がけ、マルチな才能で音楽業界をけん引してきた、つんく♂さん。

2014年には喉頭がんのため声帯を摘出するという困難に見舞われながらも、精力的な活動をつづけています。

そんなつんく♂さんが、2017年9月24日(日)にキッザニア東京で開催される親子のためのスペシャルイベント「つんく♂プロデュース It’s a Kid’s Dance World!」の総合演出をつとめています。

3人のお子さんのパパでもあるつんく♂さん。今回、イベントのほか、ご自身の子ども時代やお子さんへの想い、さらに親子での音楽の楽しみ方など、貴重なお話をたっぷりうかがいました。

活躍できるものを見つけた小学生時代

僕は小学生時代、身長が低くていつも前から2、3番目に並んでいました。で、低学年の頃は「いま、あんまり目立ったら上級生に目をつけられるからおとなしくしてよう!」ってひねくれた考えを持っていたのを覚えています(笑)。

小学校3年で中学年になった時、「あ、これで少しは目立ってもいいかな。真ん中の学年やし」って思っていたし。

当時、水泳を習っていたんですが、学年でいつも1〜2番を争っていたように思います。水泳は背が小さくても活躍できるので好きでしたね。当時から目立ったり活躍したりするのが好きだったんです。

■やりたい習い事はいろいろやった幼少期

両親はずっと仕事をしていたので、いつも近くで接してもらったという程の印象はないですが、いろいろな習い事をさせてもらったのはよい経験になったと思っています。

絵図、そろばん、水泳、書道、学習塾とかもそうですが…。いろいろやった分、どれも一流になったわけではないので当初は苦労しましたが、芸能界に入った後は少しずつ何かをかじっていたおかげでそれなりに役に立ったように思います。

デビュー当時は器用貧乏ってよく言われましたよ。

■「本気の夢」はきっと自分から近づいてくる

僕はテレビやラジオによって音楽の感覚を育てられたように思います。また、有線放送をいつも耳にする環境だったので演歌からポップス、洋楽までいろいろ聴きましたよ。

そういえば、小さい頃はエレクトーンやピアノも習いましたね。 ギターとは中2で出会ったんですが、高校でバンドを始め、最終的に大学を卒業する頃に就職しないで「音楽で勝負したい!」って言った時、両親は最初は残念そうな顔もしていました。でも「一度やってみろ」という判断ではありました。その後はもちろん本気で努力しました。

結果的に「本気の夢」って夢の方から近づいてきてくれるようなのを体験したアマチュア時代。

親になって思うのは、子どもたちが「したい!」「好き!」って思えるものをいくつ見つけてやれるかが親の役目じゃないかとそう思います。

■子育てに「教育方針!」みたいなのはない

僕には9歳の男女の双子と6歳の次女がいます。

彼らに対しては偉そうな事を言える立場でもないというか、「教育方針!」みたいなのはないですね。ただ、せめて学校での勉強をきちんと理解し、年齢相応の力を身に着けておくこと。そして心も健康であることを願いますね。

いまは毎日いっしょにいるので、お風呂に入るのも、宿題とか勉強も手伝いますよ。九九なんかを覚えるのもけっこう大変ですもんね。え、意外ですか?(笑)

■心から子どもを尊敬している

僕はあいつらの事が大好きなんです。彼らのほうが僕より勝っていることがたくさんあるので、そういう部分を見ていると、「こいつら、すごいなぁ~」って感心するし。

かなり尊敬している面も大きいですね。たとえば、長男の社交性とか。長女の優しさとか。次女のリズム感とかね。

子どもたちにまだどんな才能があるかはわかりません。僕の両親だって、僕に芸能や音楽に関して才能があったかどうか、きっとわかってなかっただろうし。

僕自身、本当に才能でやれているのか、それはわかりませんが、僕の親がもしある程度の時期で僕の将来を決めつけてしまっていたら、いまの僕もなかっただろうし。

「教育方針」とか「しつけ」というよりは、親子でいっしょに楽しんで、いっしょに泣いて、いっしょに笑って。また時には気を遣って、時には気を遣ってもらって、お互い同じ目線で過ごせるのっていいだろうなぁ~って思います。

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