東日本大震災 被災地の小学生~入学から卒業まで~ 2.古くて新しいランドセル

2.古くて新しいランドセル

撮影・文/片野田 斉

【前回の記事】1.「津波太郎」の避難所にて

津波で大きな被害を受けた岩手県宮古市田老町。2011年4月2日、避難所となっていた保養施設「グリーンピア三陸みやこ」を訪れた。アリーナには大きな天窓があって開放的で明るく、700人ほどの避難者が生活していても整然としている。

その一角、これから避難してくる人のために空いているスペースが子どもたちの遊び場になっていて、幼稚園児から中学生が走り回っていた。

続々と届く支援物資と広い空間。そこは子どもたちにとってまさにパラダイスだった。まんがは読み放題。お菓子も食べ放題。友達はいつも一緒でゲームもやり放題。

その中に前田九児(きゅうじ)くんと濵崎陽世(ひとき)くんはいた。いがぐり頭でわんぱくな九児くんと、おとなしそうなお坊ちゃんふうの陽世くん。はにかんだような笑顔に自然とレンズを向けていた。

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▲避難所と子どもたち

「息子も落ち込んでないわけではないと思う。」子どもたちの明るさに驚いていた私に九児くんの父親、前田宏紀さんが話しかけてくれた。「うちの家族は全員無事だったけど、家は全壊。息子も自分のものは全部無くしました。集めていたカード、ゲーム……。子供なりに気を遣っているところもあると思います」

二人は三週間後に小学校の入学式を控えていた。

4月25日、再び避難所を訪れた。明日は田老第一小学校の入学式だ。九児くんが使うはずだったランドセルや学用品は津波に流された。同じ県内の久慈市の新中学一年生が、お古のランドセルを贈ってくれた。ランドセルは新品のようにきれいだった。「地震や津波で家を失って、とても辛いだろうけど、がんばって乗り越えられるようにがんばってください」とメッセージが添えられていた。

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▲ランドセルを背負った前田九児くん(上)と入学式での濵崎陽世くん(下)

陽世くんは照れ臭いのか嬉しいのか、真新しいポケモンの筆箱、ノートの横に置かれたランドセルを足蹴にしてお母さんに怒られていた。

入学式当日、笑顔がこぼれる親たちに比べて、子供たちはずいぶん緊張していた。声をかけても二人とも何も答えてくれない。教室に入り自分の机について、親とはなれてからは緊張がピークに達したようだ。体育館に誘導されて、校旗を背に生徒と保護者全員で撮った記念撮影も新一年生たちの顔は強張ったままである。

集合写真に写った34人の新入生と家族の半数以上は津波の被害を受け、約三分の一の児童が避難所でくらしているのだ。プログラムも終わり、やっと緊張がとけたのか、退場行進では背筋をピンと伸ばし堂々と教室に戻っていった。

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入学式が終わり、前田家の自宅の跡地に寄った。かつて生活の場であったこの地はガレキが散乱していた。辛うじて廊下の跡を見つけて写真を撮るが、九児くんはじっとしてられないようだ。何かを探しているようだが、話しかけてもこたえてくれない。自分の家がこうなったらどんな気持ちになるのか私には想像できないが、九児くんは小さな体でこの現実を受けとめているのだ。

避難所に戻り、途中のコンビニでお母さんに買ってもらったスパイシーチキンを頬張ると九児くんはやっと笑顔をみせてくれた。

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>> 3.あの日、3月11日午後2時46分

片野田 斉(かたのだ ひとし):
報道写真家。1960年生まれ。明治学院大学卒業後、週刊誌、月刊総合誌を中心に活躍。
2001年9月11日の米国同時多発テロ事件に衝撃をうけイスラマバードへ。以降パキスタン、アフガニスタン、パレスチナ、イラク、北朝鮮などを次々に取材。ニューヨークに拠点を置く世界的写真通信社「Polaris Images」メンバー。
東日本大震災では長く現地取材を継続し、2012年には「東日本大震災記録写真展『日本!天晴れ!』」を5ヶ月半にわたって東京で開催。
著書に、元ハンセン病患者を長期取材した「生きるって、楽しくって」(2012年、クラッセ)、児童書「きみ江さん:ハンセン病を生きて」(2015年、偕成社)、「中国(世界のともだち)」(2015年、偕成社)など。

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